ギブズ”a physicist must be partially sane”熱学・統計力学 【スポンサーリンク】ウィラード・ギブズ【1839年2月11日生れ ~ 1903年4月28日没】その名はジョサイア・ウィラード・ギブズJosiah Willard Gibbsです。米国コネチカット州に生まれてイェール大学で博士号をとります。その博士号はアメリカ大学での最初の工学博士だったそうです。ギブズは米国における先駆者だったのですね。そして理学博士でなくて工学博士って所がアメリカっぽいなと思いました。また、物理学者ギブスの父は同名で宗教文学(解説はWikipedia)の教授です。古き時代のアメリカですね。その後、ギブスは修行時代として、パリ、ベルリン、ハイデルベルクで一年ずつ滞在します。今の感覚ではピンとこないのですが、彼の人生で地元を離れたのはこの三年間だけだったそうです。ギブズの業績①統計手法ギブスの業績として大きいものは物理学への「統計手法」の導入でしょう。個々の粒子固有の性質は別に考え、粒子集団が持つ性質を統計的にまとめあげていく事でその性質が熱力学的な特性につながっていくのです。その考えをまとめた論文を読んだマクスウェルは大変感動をして、自身の思いを伝えるために石膏模型を作ったと言われています。そして、その抽象的な模型をギブスへ送ったのですが、模型は今でもイェール大学で大切に保管されているそうです。ギブスの業績②ベクトル解析1880年から4年間の間にギブズはそれまでと違う研究を完成します。 アイルランドの数学者である ウィリアム・ローワン・ハミルトン 考案の 「四元数」 の考え方と、 ドイツの数学者ヘルマン・ギュンター・グラスマンの 「広延論(Ausdehnungslehre)」 の考え方を組み合わせて 「ベクトル解析」 という数学分野を切り開きました。現代数学で群、体、環といった言葉を使いこなして 四元数は記述されます。時代的な変遷から言うと ★ ①運動エネルギーでさえギブス以前は4元数で語られていた。 ②ギブス・ベヴィサイド・ヘルムホルツがベクトル解析を広める。 ③現代工学の中で4元数の体系が再評価・活用されている。 ★ 実際に私が4元数に再会したのは制御工学での プログラミングの中でした。個人的な見解としては 「ベクトル解析の手法の方が単純な直感に訴える。」 その一方で個人的見解として 「4元数は演算を単純に出来る。(簡便)」 皆さんの学習・仕事の中で適時、 2パターンを役立てていって下さい。また、ベクトル解析の成立に関しては 独立して、オリヴァー・ヘヴィサイドの業績もある ようなのですが後日、詳細を調査します。ギブスのスタンス数理的手法を物理学に取り入れたギブスですが、その立場(スタンス)を表現している言葉をご紹介します。A mathematician may say anything he pleases, but a physicist must be at least partially sane.【(私の訳)数学者は望むがままに物事を言えますが、物理学者は何とかして、しゃっきりと物事を伝えなくてはいけないですよ。】数学者と物理学者は社会から 求められている物が違うので 視点を変えていかねばいけないと駄目です。ギブズの暮らし 最後に、戸田先生の教科書 【岩波書店から出ていた熱・統計力学の本】 でギブスの人柄を伝えるエピソード が載っていたので ご紹介します。イェール大学の司書だった 義理の弟さん夫婦とのエピソードです。 (小さな物語の始まりです)「ギブスは結婚をしないで父の残した家に 妹夫婦と共に住んでいました。 その家は彼の研究室から近い場所、 道を渡ったところにあって、 ギブスは午前の講義を終えた後に、 食事の為に家に戻っていました。お昼を食べた後にギブスは 研究室に帰ってそこで過ごし、 夕方五時頃に散歩をしながら帰宅 するという、静かな暮らし を送っていました。何年も。何年も。そして、 ギブスは妹の家事を手伝い、 一緒に料理もしました。 特に、不均一系の研究をしていたギブスは サラダを混ぜる仕事がとても得意だったそうです。」うまく作業できた時には大層、 ご機嫌になれたでしょう。 そんな静かで温かい生活を重ねていました。〆プログラム学習の体験入学【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/10/31_初稿投稿 2024/06/11_改定投稿舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 アメリカ関係へ 電磁気関係へ イェール大学関連のご紹介へ 熱統計関連のご紹介へAIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】【2021年9月時点での対応英訳】His name d GibbsIts name is Josiah Willard Gibbs. Born in Connecticut, USA, he holds his PhD from Yale University.His PhD was the first PhD in engineering at an American university. Gibbs was a pioneer in physics in the United States.And he thought that the doctor of engineering,not the doctor of science, was American.And the father of physicist Gibbs is a professor ofreligious literature (to Wikipedia)with the same name. He’s an old American, isn’t he?After that, Gibbs will stay in Paris, Berlin and Heidelbergfor one year each as his training period.It doesn’t seem like it’s right now, but he’s been away from homefor the last three years in his life.Gibbs achievementsOne of Gibbs’ major achievements is the introduction of “statistical methods” into physics. Apart from the unique properties of individual particles, by statistically summarizing the properties of the particle population, those properties lead to thermodynamic properties.It is said that Maxwell, who read the treatise summarizing his thoughts, was very impressed and made a plaster model to convey his thoughts. He sent the abstract model to Gibbs, who is still kept at Yale University.Gibbs’s stanceHe is a Gibbs who has incorporated mathematical methods into physics, Here are some words that express that position (stance). A mathematician may say anything he pleases, but a physicist must be at least partially sane.[(My translation) Mathematicians can say things as they wish, The physicist manages to be crisp He has to tell things. ]Mathematicians and physicists havedifferent perspectives becausethe things that society demands are different.Gibbs lifeLastly, I would like to introduce an episode that conveys Gibbs’ personality in Professor Toda’s textbook [Book of Thermal and Statistical Mechanics from Iwanami Shoten]. (Beginning of a small story)Gibbs lived with his sister and his wife in the house left by his father without getting married. The house was near his lab, across the road, After Gibbs finished his morning lecture, he returned home for a meal. After having lunch, Gibbs lived a quiet life, returning to his lab and spending time there, taking a walk around 5 pm and returning home. For years. For years.Gibbs then helped his sister with the housework and cooked with her. In particular, Gibbs, who was studying heterogeneous systems, was very good at mixing salads.He would have been in a good mood when he was able to work well. He lived such a quiet and warm life.〆FacebookXHatenaPocketCopy