2024年10月26日2024年10月16日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す【トピック】日本での原爆開発と仁科博士10/26改訂 こんにちはコウジです。 「日本での原爆開発」の原稿を改訂します。今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。 また、細かい文章も再考しています。しっかり正確に。 そして沢山情報が伝わるように努めます。2022/7/31(日)の日経新聞よりトピックをお届けいたします。太平洋戦争中に旧陸軍がすすめていた原爆開発「二号計画」です。計画主導者は当時の理化学研究所の仁科博士。仁科博士の原稿でも触れていますが、計画遂行のためにサイクロトロンを作り上げましたが、終戦直後に米軍によって廃棄されています。仁科博士を「計画の主導者」と表現しましたが同氏の資料館の資料によると1938年から1947年にかけてやりとりした手紙のカーボンコピーが同氏の考え方の移り変わりを伝えていると言われています。具体的には陸軍に基礎研究を進める資金を求めていく仁科氏が現在の価格で言うと500万円程度の資金を得て「核分裂エネルギーの研究」に対して予算を得ていきます。当時は卓上の理論であった核分裂エネルギーの爆弾への利用が具体的に進められていくのです。仁科博士の意識としても「戦時欠くべからざる研究を重点的に推進」という表現に代わってきています。①お国の為に何処まで滅私奉公していくかという考えと、②若い人を兵隊さんとして戦場に送らない為の基礎研究の間で非常な葛藤があったようにも見えます。そしてなにより、戦後になって日本物理学会が核兵器に対して明確に廃絶のスタンスを貫いていった事実こそ、仁科氏が弟子に残していった「意志」であると編集者の青木さんは綴っています。仁科博士は毅然とスタイルを貫いた先人でした。〆大学教科書・専門書・医学書 専門買取サイト「専門書アカデミー」【スポンサーリンク】 以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2022/09/20_初回投稿 2024/10/26‗改訂投稿(旧)舞台別のご紹介 纏めサイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 力学関係へ 電磁気関係へ 熱統計力学関係へ